
こんにちは、にしだしおです。
いつもありがとうございます。
7/7(日)に開催されます、池尾昌紀・千里ご夫婦のオンライン心理学セミナーに、ゲストカウンセラーとして参加します。
今回のテーマは、
ジョイニング(つながり)1DAYレッスン ~ 美しき世界 ~
です。
「美しき世界」って、どんな世界だろう?
「美しき世界」って、どんな世界なんでしょうね?
みなさんにとっては、「美しき世界」ってどんな世界ですか?
どんな世界を目撃したときに、「美しいなぁ」って心がふるえますか?
私も考えてみたんですけど、なかなか難しい……。
でも、私にとっての美しき世界とは、「平和」だなと思いました。
夫と2人、お気に入りのパブでビールを飲んでる一瞬。
友人が、自分の美しい体験を言葉にして伝えてくれるとき。
誰かが、自分の願いを「あきらめずに追い求めてみようかな」って心を動かした瞬間。
これ全部、この2~3日に起きたことなんです。
そして、これらをすべて「平和」というくくりで語って良いのか? という疑問も浮かびますが(笑)
生命や生活がおびやかされない平和の土台の上に、こういうクリエイティブな瞬間がたちあらわれるとき、私はきっと「美しき世界」を感じているんだろうなぁ、と思います。
美しくない世界も、実際ありますよね
でも、同時に思うんです。
世の中、平和じゃない瞬間もどっさりあるじゃないか、と。
食うにも困る人がいたり。
自分や周りの人を傷つけてしまうほど、「生きていて良い」って思えない人もいっぱいいる。
自分の気持ちが通じなくて諦めて笑うしかできないこともあるし、私が誰かの気持ちを踏みにじってしまうこともある。
ウクライナやパレスチナでは人々が傷ついたり死んでいる。
そして、さらに思うんです。
平和じゃない状況に、私は何か感じたり行動したりしてるのか? と。
世界をより良く変える努力もせずに、ほんとうの平和を感じたりできるものなのか? と。
そんなことを感じると、無意識に、自分のことを責めちゃうのかもしれません。
もっと言うと、自分を責める瞬間ということで考えれば、それこそ無数に思いつきます。
自分の願い……ちょっとしたものから、人生に関わる大きなものまで……願いが叶わないとき、
「自分の努力が足りないからじゃないの」
「どうしてみんなが普通に手に入れているものが、私には手に入らないんだろう?」
なんて感じて、ついつい自分のことを責めたててしまう。
そうなるともう「平和」なんてどこかに吹き飛んで、まるでイバラの道を裸足で歩いているような気分。
私には「美しき世界」なんてやってこないんだ……って心が折れてしまうこともあったりしてね。
どっちも大切にできたら
だけど、私もカウンセラーなどという仕事をしている以上、思うわけですよ。
「美しき世界も、美しくない世界も、どちらも確かに存在する。私自身がどっちを見ようとするか? それによって私の世界は美しくも色褪せもする」って。
言い換えると、
「希望を持って生きるのも、絶望を抱えて生きるのも、自分次第」
ということになるでしょうか。
けっこう冷たく響きますけど(^^;
じゃあ。
自分がどっちを見るか? ということが大切なんだとしたら。
「美しさや平和や希望はある!」っていう方だけを見て大切にすると良いのか? というと、私はそうでもない気がするんですよね。
美しき世界も、美しくない世界も、どっちも存在するのと同じように。
私たちは誰でも、「自分」という1人の人間の内に、美しさも醜さも持っているはず。
もしも、醜い自分は葬り去って、「美しい私」だけを大切にするとしたら。
それって「半分の自分でしか生きられない」ということになると思うんです。
生き生きした「美しい私」の陰に隠れて、「美しくない私」が牢屋で正座させられてる……そんなイメージ。
なんか、蔑まれて圧政に苦しむ自分がいるんです。
世の中は誰もが笑顔で生きられたら良いし、私たちは丸ごとの自分自身を肯定できると良いと思いませんか?
そのためには、「美しき世界」も、「美しくない世界」も。
同じ意味なんだけど、「美しい自分」も、「美しくない自分」も。
どっちも見て、あることを認めて、感じていく必要があるんじゃないかなって思うんです。
等身大の自分自身を見つめる
うわーめんどくさいヤツ来たー!
そんなしんどい作業、したくなーい!!
って思われるかもしれませんね(笑)
「美しくない自分」を見つめるなんて作業、めちゃくちゃ大事業で、覚悟が求められて、被害も甚大で、何年もかかるんじゃないの? って思いませんか?
でも、そんなことはないんですよ。
「どんな自分も、自分自身の一部として否定しないでみよう」という覚悟……というか、「意欲」は必要かもしれませんけど。
その意欲があれば、意外と大丈夫。
たとえば、冷蔵庫の中にもう何年も放置しているジャムの瓶かなにかがあるとして。
思い切って賞味期限を見ると「2008年」とか書いてあったりして!
うわ~コレ開けたら絶対ヤバいでしょ、と思うじゃないですか。
でも意を決して瓶を開けてみると、意外とカビてもないし臭くもなかったりした経験、ありませんか?
(これ、うちの実家での体験です笑)
心もけっこう同じ。
「こんな自分は美しくない」って誤解していたために、長い間見ないように封印していた部分を見つめてみると、意外とぜんぜん悪くなかった、っていうこと、ホントによくあるんですよ。
「美しい自分」も「美しくない自分」も、等身大で認めてあげることができると、それこそ丸ごとの自分自身を肯定してあげられるようになります。
そうすると、生きるのが今よりもラクになっていったりします。
みんなでトライしてみませんか?
そうはいっても、見たくないものは見たくない。
だから、1歩前に踏み出す勇気はどうしても必要です。
そこで、池尾家1DAYセミナーがちょうど良く開かれるというではありませんか。
みなさん、この機会を逃す手はありませんよ。
美しい自分も美しくない自分も丸ごと見つめて、自分自身を知っていくために。
1人で取り組むのはとっても大変だけど、みんなで一緒にやるなら、応援し合いながら安心感の中でトライしていただけます。
しかも、七夕ですからね。
どんな自分を見つけてあげようかな?
私にとっての「美しき世界」ってどんな世界だろう?
何を持ち帰りたいかな?
そんな願いを思い描きながら参加していただけたらステキ。
等身大の自分自身に出会う時間を、ご一緒に過ごせることを楽しみに、みなさんをお待ちしていますね!
日時:2024年7月7日(日)10:00~18:00
※私のジョイニング体験について書いています。
よろしかったら、合わせてお読みくださいね。
